029. go home


・上図 出典:読売新聞 防災日本

 「go home」といっても「帰れ」ではなく あの「帰宅困難者」「帰宅難民」の「帰宅」です「return home」の方がいいかもしれない

 「東日本大震災」の当日 茨城県にたまたまいて 何とか目的地の新宿にたどり着くことができた 当時「被災者」の話を聞いた
 次から次へと続く多くの徒歩帰宅者に逆行する形で歩いた 公共交通機関は全てSTOP 空きTAXIもなかなか見つからない 道路はデコボコ「液状化現象」でマンホールが盛り上がる 信号は点いていない コンビニの店内は人であふれかえるも商品棚は空ッポ 停電なのか真っ暗な界隈もある 携帯は繋がらない 電話ボックスは長蛇の列 そんな中 人々は黙々と歩いている
 「どうなってしまうんだろう」と強い不安を感じたという 人員を整理する警察官もいない 現金がなければたどり着けなかったろうと
 10年前の事だが その時の情景が思い起こされるのか つらそうな表情も浮かべながらも何とか話してくれる

 震災当日は 日帰り温泉におり 汗だくでサウナから出たそのタイミングでグラッと来た 一瞬「大丈夫か?倒れるか?」と思う(地震でした)
 そのうち相当な地震だということになり ロビーのTVは人だかり 余震もたびたびあった 続々と続報が入り どうやら「大地震」だと 「津波」の映像や「帰宅困難者」の映像は 家で見た 大惨事であった

・上図 出典:NHK NEWS WEB




・上図 出典:朝日新聞デジタル


 若いころの話 成田に到着 両替出来ずに残しておいた数枚の500円硬貨で JR新宿までのキップを買う(快速がちょうどあり ラッキー)何度か乗り換えをし新宿にたどり着くも そのあとの小田急線の最短区間キップに金が足りない 新宿南口から代々木上原のアパートまで歩く
 そんな話をしていたら 成田から歩いて帰宅したというやつがいた「俺なんか 歩いて家に帰ったよ 途中で野宿しようかと思った」と 笑えた そいつの自宅は確か葛飾か江戸川 そうだろうなと思う

 当時 1ヶ月 2ヶ月と旅行をしていると どういうわけか最期の2日間ぐらいは金がない 宿代だけは前払いで 足りなければ空港のロビー泊 飯もまともに食えていない それでも楽しい そういうわけで機内食はごちそう 酒も飲める ビールも飲める 爆睡できる スチュワーデスは優しい そんな感じの帰国が何度かあった

 身に降りかかるような自然災害ではない理由で 公共交通機関のSTOPや停電などに遭遇した時 むやみに動き回る事はせず「その場にとどまる」事は大切なこと(もちろん優先すべき予定があり先を急ぐ場合はまた別である)そして「避難場所を確保する」こと
 落ち着いて正確な情報の収集に努め 出来れば 周りの人と共有したい 状況が落ち着いてから「帰宅」する できれば そうでありたい

 

(My sweet home 狭いながらも楽しい我が家)

2021年08月23日